ムラヴィーンスキイのШостакович演奏(聴き比べ)


交響曲第5番ニ短調 作品47

  1. 1938年3月27日〜4月3日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(BMG(J)・B0CC 3)
  2. 1938年暮れ〜1939年初め、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(BMG(J)・BVCX 8020/3)
  3. 1954年4月3日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(ビクター・VDC-25004)
  4. 1965年11月24日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Russian Disc・RDCD 10910)
  5. 1966年、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Russian Disc・RDCD 11023)
  6. 1967年5月26日、プラハでのライヴ録音(Arkadia・CDGI 714.2)
  7. 1973年5月3日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(Altus・ALT127)
  8. 1973年5月26日、東京文化会館でのライヴ録音(Altus・ALT-002)
  9. 1973年6月29日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Russian Disc・RDCD 11180)
  10. 1978年6月12日、ウィーン・ムジークフェラインザールでのライヴ録音(ビクター・VICC-40118〜23)
  11. 1982年11月18日、ソ連でのライヴ録音(Scora・scoracd011)
  12. 1984年4月4日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(ビクター・VDC 25026)
  13. 1973年4月26日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのリハーサル(Altus・ALT127)
  14. 1973年5月3日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのリハーサル(Altus・ALT127)
  15. 1973年6月、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでの通しリハーサル映像(Dreamlife・DLVC-1111)
  16. 1983年11月20日、ミンスク・フィルハーモニー大ホールでのライヴ映像(東芝・TOLW 3667)
  17. 1966年、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ映像(Teldec(J)・WPLS 4120)※第4楽章のみ
  18. 1973年、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのリハーサル映像(Teldec(J)・WPLS 4120)
  19. 1983年11月19日、ミンスク・フィルハーモニー大ホールでのリハーサル映像(DML・DMEC 18005/8)

ヴォールコフ編『ショスタコーヴィチの証言』の中に、「あるとき、わたしの音楽の最大の解釈者を自負していた指揮者ムラヴィンスキイがわたしの音楽をまるで理解していないのを知って愕然とした。交響曲第五番と第七番でわたしが歓喜の終楽章を書きたいと望んでいたなどと、およそわたしの思ってもみなかったことを言っているのだ。この男には、わたしが歓喜の終楽章など夢にも考えたことがないのもわからないのだ」(水野忠夫訳)という記述があったことから、それまで“初演者による権威ある解釈”というムラヴィーンスキイに対する評価に変化が見られるようになった。僕は、この記述を見ただけでヴォールコフがショスタコーヴィチの名を語って一冊の本を捏造したのだと確信できる。日本ムラヴィンスキー協会会報第15号に掲載されているムラヴィーンスキイ夫人アレクサーンドラ女史へのインタビュー記事の中には、「ショスタコーヴィチの第五番のフィナーレに『スターリンの長靴』とムラヴィンスキーが解釈したテーマがあるんですが」という発言がある。このテーマというのがどれを指しているのかは分からないが、『証言』の記述とは全く無関係な文脈の中でさりげなく語られたこの「スターリンの長靴」という表現は、先のヴォールコフによる記述と全く相容れないものである。こんな表現のできるムラヴィーンスキイが、単に“歓喜”しか見い出していないはずがない。第一、彼の演奏を聴いてそんな単純な感情しか聴き取れないようでは、まず自分の耳を疑わなくてはならないだろう。ロストロポーヴィチの旧盤のように、無理やり陰鬱な表情付けをした演奏がこの曲の本質を表していると思うのは、絶対に間違いである。ショスタコーヴィチは、全てを楽譜の中に盛り込むことができた天才であった。きちんとスコアを読んでそれを再現することができれば、自ずと正しい演奏ができる。文学的な解釈の元に作為的な表情付けをしようと考える時点で、その演奏者は大きな間違いを犯している。ムラヴィーンスキイは、誰よりもそのことを知っていた。

初演直後の1938年初頭に残された録音から、既にムラヴィーンスキイが徹底的にスコアを読み込んでいたことが伺える。もちろん、オーケストラの技術がまだ未熟であったり、彼独自の表現様式がまだ完成されていないことによる未成熟さはある。終楽章も一本調子だし、3楽章の切り込みもまだ浅い。しかし、年を追って聴き進んでいくと、いかにムラヴィーンスキイがこの曲の中に多種多様な感情を見い出していったのかがよく分かる。全ての面において理想的に思えるウィーンでのライヴ録音を聴いた後に、尋常ならざる緊張感を漲らせた最晩年の録音を聴くと、スコアに含まれたエキスを一滴残らず抽出しようとするムラヴィーンスキイの凄さが痛切に感じられる。そこに聴かれる音楽には、脳天気な“歓喜”などどこにもない。また、紋切型の“強制”もない。ただ、最後のティンパニと大太鼓の重い響きだけが胸に突き刺さる。

この曲には数種類の映像(リハーサルも含む)が残されている。画質・音質は決して良くはないが、いかに深く曲を理解していたかが手にとるように分かる。音だけを聴くのよりも、はるかに感銘深い。また、リハーサルでは手垢がつくほど演奏したはずのこの曲を、極めて丁寧に練習していることに驚かされる。ファンならずとも必見である。


交響曲第6番ロ短調 作品54

  1. 1946年11月4日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(BMG(J)・BVCX 4016)
  2. 1965年2月21日、モスクワ音楽院大ホールでのライヴ録音(ビクター・VICC-40118〜23)
  3. 1972年1月27日、モスクワ音楽院大ホールでのライヴ録音(Russian Disc・RDCD 10910)
  4. 1973年5月4日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのリハーサル(Altus・ALT127)

録音日が異なって表示されたディスクがいくつか発売されているが、全て上記3つのいずれかである。

最初のスタジオ録音は、テンポ設定など基本的な解釈はその後の録音とあまり変わらないが、まだオーケストラの技量が低く、2、3楽章でアンサンブルに破綻を来たしている部分が散見されるのが残念。また、1楽章後半のフルート・ソロが、気ままに崩した感じで吹いているのが納得できない。一方、1965年のライヴ盤は、1楽章の透徹した音楽、2楽章の諧謔、3楽章のスピード感、いずれをとってもムラヴィーンスキイの本領が発揮された名演。オーケストラの名技にも舌を巻く。しかもこれでライヴとは!全編をつらぬく勢いと緊張感において、出色の演奏。それに比べると、1972年盤は一段とスケールの大きい、風格のある演奏である。1楽章の(ムラヴィーンスキイにしては)ゆったりとしたテンポも説得力に満ちている。2、3楽章はその快速なテンポにもかかわらず、自然で落ち着いた音楽になっている。もちろん、そこに凝縮された音楽的意味は異常なまでに深いものであるが、この曲のアプローチとしては1965年のライヴ盤の凄まじい勢いの方が好ましいように思われる。終楽章のヴァイオリン・ソロは、こちらの方が素晴らしい。


交響曲第7番ハ長調 作品60

  1. 1953年2月26日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(ビクター・VICC-40118〜23)

1楽章に全体にエコーがかかったような音質で聴きづらい部分があるが、当時のソ連の録音としては標準的。したがって、随所に表われる強奏部はことごとくマイクに入りきっていない。2楽章の57小節に全集版の楽譜と音が違っていたり(西側初演のトスカニーニも同じ音形。自筆譜を見る限り、全集版の誤植であろう。)、細かいアーティキュレーションが異なっていたりするのが目を引くが、版の問題なのか解釈の問題なのかはよく分からない。

非常に劇的なこの曲を、極めて冷静に指揮している様子が見て取れる。したがって曲の弱い部分も全て露呈されてしまう感もあるが、1楽章のボレロの部分で、練習番号45の転調前に戦慄を覚えさせる演奏はこれ以外にない。スコア自体は単純であるため、多くの指揮者がその劇的な効果に安易に身を委ねてしまうところだが、ムラヴィーンスキイは実に的確に曲のツボを心得ている。4楽章も、コーダだけ絶叫して盛り上げるスヴェトラーノフなどとは大違い。極めて緻密に計算されている。3楽章のコーダで最初の主題を弦楽器が演奏する部分の美しさは、このコンビだからこそなし得たものであろう。録音状態さえもう少し良好であれば、間違いなくトップクラスの演奏である。


交響曲第8番ハ短調 作品65

  1. 1947年6月2日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのスタジオ録音(ビクター・VICC-40118〜23)
  2. 1960年9月23日、ロンドンでのライヴ録音(BBC・BBCL 4002-2)
  3. 1961年2月12日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Dreamlife・DLCA-7003)
  4. 1961年2月25日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(BMG(J)・BVCX 8024/7)
  5. 1976年1月31日、ソ連でのライヴ録音(Scora・scoracd012)
  6. 1982年3月27日又は28日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Philips・422442-2PH)
  7. 1982年3月27日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでの通しリハーサル映像(Dreamlife・DLVC-1111)

数あるムラヴィーンスキイのショスタコーヴィチ演奏の中でも、この8番交響曲は特別な高みに達している。スコアのたった一つの音符にいたるまで、全てがムラヴィーンスキイ自身と一体化しているかのようである。この曲に関しては、これ以外の解釈は全く考えられない。それほど異次元の演奏である。初演後あまり時間の経っていない1947年のスタジオ録音では、まだ音楽の流れをものにしていないせいか緊張感に欠ける部分も散見されるが、それ以降の録音においては欠点というものが見当たらない。ライヴとは思えない完璧な合奏に驚かされるのはいつものことだが、この曲ではその精度も一際極められている。レニングラード・フィルの歴史に残る1960年の海外巡業公演のうち、ロンドンでの演奏会を収録したBBC盤では、そうした透徹した音楽の中にも異様な熱気があふれでていて、独特の魅力を持っている。同時期のライヴ録音では、逆に緊迫感が若々しい熱気に勝っている。こちらも捨てがたい。とはいえ、晩年のPhilips盤が究極の名演であることは言うまでもないだろう。全ての要素が理想的に再現され、考え抜かれ計算し尽くされた設計であるにもかかわらず、あたかもたった今生み出されたかのような新鮮さも失っていない。厳しさの極みでありながら余裕あふれる響きが、この巨大な交響曲にとてつもない深みを与えている。ショスタコーヴィチの全作品の中でも最上級といえるこの作品の持つ内容を、余すところなく表現しきった、いや更により深遠な内容を付け加えたとさえいえる凄絶な演奏である。何度聴いても飽きるどころか、常に新たな発見と感動がある。

このPhilips盤の前日(または当日)に行なわれた通しリハーサルの模様は、映像として残されている。演奏内容は全くと言ってよいほど同じ。しかし、映像の持つインパクトは計り知れないものがある。ムラヴィーンスキイの指揮姿そのものがこの曲を表しているかのようで、音声を消しても音楽が聴こえてくるほどだ。無駄の少ない動きや厳しい目を見ていると、これこそが理想の指揮だと言いたくなる衝動を押えることができない。稀有の音楽体験ができる、最高の音楽ソフトだといえよう。


交響曲第10番ホ短調 作品93

  1. 1954年4月24日、スタジオ録音(Saga Classics・SCD 9017)
  2. 1955年6月3日、プラハでのライヴ録音(Praga・PR 250053)
  3. 1976年3月3日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(ビクター・VDC 25027)
  4. 1976年3月31日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(ビクター・VICC-40118〜23)

最後の2種のライヴ盤が空前絶後の名演。収録日が近いこともあり、ほぼ同じ仕上がりとなっている。ムラヴィーンスキイにしては珍しく1楽章で楽譜にないテンポの揺らしをしている部分もあるが、自らの様式として咀嚼されているため、不自然さは全くない。やはり快速な演奏ではあるが、早いだけではなく尋常ならざる厳しさが加わるところが他の指揮者と違うところ。1楽章の壮大かつロマンティックでありながら引き締まった音楽も素晴らしいが、2楽章の荒れ狂った情熱、3楽章の皮肉に満ちながらも悲しいまでに美しい歌、4楽章の厳しい統制感など、全曲に渡って聴きどころがたくさんある。

これに比べると、残り2種類の録音はセールス・ポイントに欠ける。Saga盤はアンサンブルの精度が悪いし、Praga盤は勢いは素晴らしいものの、まだ解釈がこなれていないような印象を受ける。


交響曲第11番ト短調「1905年」作品103

  1. 1957年11月3日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Russian Disc・RDCD 11157)
  2. 1959年2月2日、モスクワ音楽院大ホールでのスタジオ録音(ビクター・VICC-40118〜23)

Russian Disc盤はレニングラード初演のライヴ録音。録音状態はあまり良くないが、歴史的価値は非常に大きい。スタジオ録音はビクター盤の他にREVELATION盤もある。後者の方がやや聴きやすい。なお、日時の表記は異なっているが、Praga盤はスタジオ録音と同一。

レニングラード初演の演奏は、もう一つの録音に比べて3楽章以外のテンポが非常に早く、狂気に満ちた音楽となっている。特に4楽章の狂暴さは異常。ムラヴィーンスキイは、このスコアの中に何を見い出していたのだろうか?とはいえ、基本的な解釈は最初から固まっていたようで、こうしたムラヴィーンスキイの解釈を知る上ではスタジオ録音が最良だろう。初演ライヴの異常な昂奮は影を潜め、極めて風格のある格調高い演奏。全てが磨きあげられ、考え抜かれた緻密な設計の元に積み上げられた感がある。録音の鮮度は悪いが、この曲の理想的な再現だといえよう。


交響曲第12番ニ短調「1917年」作品112

  1. 1961年10月1日、モスクワ音楽院大ホールでのライヴ録音(Venezi・CDVE 04405)
  2. 1961年、モスクワ音楽院大ホールでのスタジオ録音(ビクター・VICC-40118〜23)
  3. 1984年4月29日又は30日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(ビクター・VDC 25028)
  4. 1984年4月29日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ映像(Dreamlife・DLVC-1116)

最後のスタジオ録音も、最後の録音もこの曲である。偶然だろうが、何か感じるものがある。なお1984年のライヴ録音だが、ビクター盤とRussian Disc盤の録音日が1日異なっているが、同じ演奏だとも感じられる一方で、終演後のブラヴォーなどが異なるような気もする。録音系統が異なるため、楽器間のバランスも違っているのではっきりと判断することができない。また、ライヴと表記されているPraga盤は収録日も異なっているが、ビクター盤のスタジオ録音と同一のもの。

最初のスタジオ録音は、初演直後のもの。この時点で曲の解釈はほとんど固まっている。ショスタコーヴィチの作品としては決して良質のものではないこの曲を、尋常ならざる緊張感と完成度で聴かせる名演である。特に1楽章の狂暴な音楽には我を忘れてしまいそうだ。しかし、その20年後に最晩年のムラヴィーンスキイによるライヴ録音は、全く次元の違う演奏となっている。テンポも解釈も初演当時とほとんど変わりはないのだが、快速なテンポの中に漂う余裕と風格が音楽をとてつもなくスケールの大きなものにしている。曲の内容を演奏がはるかに上回った、凄い演奏である。この演奏会の模様は映像としても残されおり、そこではムラヴィーンスキイの指揮の凄さが実感できる。この頻繁に拍子が変わる曲を、何と淡々と指揮していることか!これでこそ、あの怒涛のような流れが実現できるのだろう。音質は決して良くはないが、是非一度見て頂きたいものである。ただし、残念ながら4楽章301小節で2拍子から3拍子に変わる部分をムラヴィーンスキイが振り間違えたため(ヴィデオでもはっきりと確認できる)、4拍子になるまでの4小節ほどの間アンサンブルが大きく乱れている。もしかしたら、この事故が以後一切録音をしなかった(させなかった?)理由なのかもしれない。初演ライヴの録音は、異様に速く、猛烈なエネルギーが随所で暴発する演奏であり、ライヴならではの技術的な瑕疵は決して少なくないが、当時の最高水準の演奏家が奏でる猟奇的な轟音の突進は、毀誉褒貶のあるこの曲の真価を聴き手に突きつけているかのようですらある。録音状態からしても今となってはヒストリカル音源の範疇に入るが、近年の現代的な演奏解釈を好むファンの心も揺さぶるに違いはない、多くの聴き手にとって一聴の価値がある録音である。


交響曲第15番イ長調 作品141

  1. 1972年5月5日又は6日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Melodiya・M10 43653/4)
  2. 1976年5月26日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(ビクター・VICC-40118〜23)

作曲家の息子による初演の四ヶ月後に行なわれたレニングラード初演時のライヴ録音は、なぜか一切CD化されていない。この時点ですでにムラヴィーンスキイの解釈は確立されている。確信に満ちたテンポ、鋭い切り込みを見せるリズム。楽譜の隅々まで丁寧に読み込まれ、それが全て音化されていることには驚嘆するしかない。第1楽章が素晴らしい出来で、後年の録音よりも緊張感に満ちた名演に仕上がっている。第2楽章も、緊張の持続という点においてはこの録音の方が優れているが、音楽の練り上げ具合はやはり後年のものに劣る。第3楽章以降も立派な演奏ながら、まだ解釈が深化していない印象が拭えない。とはいえ、この曲の理想的な演奏の一つに挙げられることは間違いない。

一方、作曲家自身も大変満足していたというその演奏会から4年後、作曲家の死後1年近く経った後の再録音では、1楽章で打楽器のリズムがしっくり来なかったり、2楽章の最初の方にやや中途半端な印象が残ったりもするが、この至難な曲のライヴ録音としては驚異的な精度である。テンポ、強弱、リズム、フレージングのいずれを取っても完璧なまでに楽譜に忠実であり、ムラヴィーンスキイの読譜能力の非凡さが伺える。1、3楽章で見られるように、いつもながら無愛想な音楽ではあるが、早目のテンポの中で繰り広げられる細やかなニュアンスに満ちた演奏は他の誰にも真似できないものであり、またそれがショスタコーヴィチの音楽の特質そのものでもある。2楽章や3楽章の後半などでは、スコアの薄さを持て余したような部分も見られるが、4楽章は圧巻であり、この楽章に関しては余人の付け入る隙はないといえよう。ムラヴィーンスキイがこの曲をもっと取り上げて研究を進めていたならば間違いなく究極の演奏ができていたはずであるが、ほんのわずかしか演奏しなかったのは残念としかいいようがない。この曲はムラヴィーンスキイのお眼鏡にかなわなかったのか、それとも、ムラヴィーンスキイが手に余ると判断したのか…。


祝典序曲 作品96

  1. 1955年4月21日、レニングラードフィルハーモニー大ホールでのライヴ録音(Russian Disc・RDCD 10902)

演奏記録を見る限りでは、この曲をレニングラード・フィルとの実演で取り上げたのはたったの2回であり、そのうちの1回を収録した貴重な録音。ただし録音状態はかなり悪く、最後の拍手も後から合成したもののような感じを受ける。

演奏内容は、非常に早いテンポに貫かれた、いかにもムラヴィーンスキイらしい演奏である。非常に劇的な曲だけに、多くの演奏ではリズムや細部に雑なところが散見されることもあるが、さすがはムラヴィーンスキイ。出だしの3連譜の完璧な合い方など、よほど厳しい練習を積んだのではないかと想像される。弦楽器のメロディーをテヌート気味に歌わせているのが特徴的であるが、この極度に暴力的でなおかつ異様に緻密で整ったアンサンブル(練習番号18のピッチカートなど)には、第10交響曲の2楽章に通じる雰囲気すら感じられる。この曲でそうした深淵を覗かせてくれるのは、ムラヴィーンスキイをおいて他にはいない。


ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 作品77

  1. 1956年1月21日又は23日、プラハでのライヴ録音(Orfeo・C 736 081 B):D.オーイストラフ(Vn)
  2. 1956年11月30日、レニングラード・フィルハーモニー大ホールでの録音(ビクター・VICC-2132):D.オーイストラフ(Vn)
  3. 1957年5月、プラハでのライヴ録音(Praga・PR 250052):D.オーイストラフ(Vn)、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
  4. 録音年月日・場所不明(Hall of Fame・HOF(S) 512):L.コーガン(Vn)
  5. 録音年月日・場所不明(One-Eleven・EPR 95030):R.リッチ(Vn)

オーイストラフとのスタジオ録音が圧倒的な素晴らしさ。確かに、強奏部で音が割れる録音状態は良いものではないが、演奏の素晴らしさがそれを超越している。ヴァイオリン1台を相手に手加減しないムラヴィーンスキイ/レニングラード・フィルもただ者ではないが、それに堂々と対峙できるオーイストラフもとんでもない。この曲はよく「ヴァイオリンのオブリガート付き交響曲」と形容されるが、作曲家が求めていたのは恐らくこの演奏で実現されているバランスでの「協奏曲」だったのだろう。曖昧さのないリズムが、決して情緒に流されることのないこの曲の特質をよく捉えている。何よりも、これほど不気味で深い1楽章は聴いたことがない。このような凄まじい音楽を目の当たりにすると、言葉の無力さを痛感する。同じソリストを迎えたライヴ録音も、基本的には同じ解釈。テンポは全体に若干早目で、チェコ・フィルの独特な音色がまた違った雰囲気を出している。ライヴ特有の熱気も素晴らしい(もちろん瑕も若干ある)が、スタジオ録音の驚異的な完成度の前ではやはり分が悪い。

コーガンの録音は、独奏は恐らくコーガンだろうが、彼とムラヴィーンスキイとの共演記録は残っていないので、ほぼ間違いなく違う指揮者による演奏。演奏自体は素晴らしい。リッチの録音も、技巧的なようでいて適当な左手など、ソロはリッチに違いないように思われるが、ムラヴィーンスキイが伴奏しているとは考えづらい。カデンツァの後、4楽章の入りでオーケストラが落ちる部分など、ムラヴィーンスキイなら絶対にするはずのないミスである。


オラトリオ「森の歌」作品81

  1. 1949年12月12日、モスクワ音楽院大ホールでの録音(ビクター・VDC-25005)

初演の約一ヶ月後のスタジオ録音。オリジナルの歌詞(スターリンという名前が頻出する)の録音としては唯一のもの。録音状態はかなり悪い。

オーケストラがソヴィエト国立交響楽団ということで、いつもと違うモスクワ流派の野太く泥臭い響きがするのが特徴的。この曲の場合、それがすべてプラスの方向に出ている。とにかくソリスト、合唱団を含めて全部の音色が理想的。当時のソ連音楽界が持っていた底力を痛感させられる。ペトロフはやや気ままに歌う傾向があるが、ムラヴィーンスキイがしっかりと手綱を握っているのがよく分かる。1曲目ではムラヴィーンスキイのテンポ変化にオーケストラがついていけない瞬間も感じられるが、2曲目からは完全にムラヴィーンスキイの音楽になっている。3曲目の出だしなどは交響曲第5番や第8番の世界。これでタイトルが「過去の思い出」ということになると、何となく裏の意味を探りたくなるというものだ。そしてムラヴィーンスキイの凄さが全開になるのは5曲目。「スターリングラード市民は行進する」というタイトルから色々と詮索する向きもあるだろうが、とにかくここではショスタコーヴィチの音楽とムラヴィーンスキイの解釈とが完璧に一致し、とてつもない音楽が繰り広げられている。そして、7曲目のフーガの扱いなどは、やはり並みの指揮者ではできない巧みなものである。1、6曲目での合唱の美しさも特筆すべきものであろう(やや女声がきついが)。全体を通して、ムラヴィーンスキイのきびきびとした音楽の運びと、徹底的にスコアを読みこんだ上での曖昧さのない解釈が光る名盤。


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Last Modified 2012.10.09

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